英国・ロンドンを拠点に和酒の多様な魅力を伝える、「欧州推進室」の取り組み
2025/12/01
<目次>
「欧州推進室」の取り組み
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近年、日本食レストランや日本酒の人気が世界的に高まっている。海外における日本食レストランの数は2013年に約5.5万店だったのに対し、2023年には3.4倍となる18.7万店に拡大(農林水産省発表)。
日本酒の海外への輸出量も増加傾向にあり、2013年の日本酒輸出金額105億円に対し、2024年には4.1倍となる435億円(財務省通関統計)と年々増加している。
この世界的な日本食や日本酒の人気の高まりには、いくつかの要因が考えられる。一つが、2013年に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録され、日本食のおいしさの魅力と、安全・安心や健康が認知されたこと。そして日本酒の方は、各メーカーによる地道な活動が結実しつつあることに加え、1978年に日本酒造組合中央会が制定した10月1日の「世界日本酒の日」が、今では「World Sake Day」として多様なイベントなどと共に広がっていったことが挙げられる。
宝グループでは、そうした近年の背景よりもずっと以前より海外事業に取り組んできた。1951年に米国に清酒「松竹梅」の輸出を開始し、1983年には米国に現地で清酒等を製造・販売する「TAKARA SAKE USA INC.(以下、米国宝酒造)を設立した。
欧州では、1986年にスコッチウィスキーの製造・販売を行う「The Tomatin Distillery Co. Ltd.(以下、トマーチン社)」に資本参加し、2010年にはフランスの日本食材卸会社「Foodex SAS」をグループ化し、日本食材卸事業に参入した。以降、英国の「Tazaki Foods Ltd.(以下、タザキフーズ社)」、スペインの「Cominport Distribución, S.L.」をグループに迎え入れ、欧州でのプレゼンスを高めていった。2025年にはドイツの「Kagerer&Co.GmbH」をグループに迎え入れるなど、欧州における日本食材卸事業のさらなる拡大を目指している。
2017年に宝酒造インターナショナル(株)を設立し、「海外酒類事業」と「海外日本食材卸事業」のさらなる成長を加速している宝グループ。そんな海外事業の中でも、今回取材するのは2012年に開設された「欧州推進室」。欧州における和酒・日本食文化を広めるべく活動を続けている。
英国・ロンドンに拠点を置く欧州推進室の伊東室長に、これまでの取り組みや現在のトレンド、今後の展望などについて話を訊いた。
(以下、回答全て欧州推進室・伊東室長)
海外での豊富な経験を積み、欧州推進室長に就任
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最初に、伊東室長の経歴や、欧州推進室設立の経緯などについて訊いた。
――伊東室長のキャリアについて教えて下さい
「1987年に入社し、最初の5年は国内で営業を担当していましたが、1992年より京都本社勤務となり、輸出など海外関連の業務に携わるようになりました。もともと12歳~15歳までブラジル・サンパウロに住んでおり、その後、洋楽に興味を持ち、海外への勤務を志向していましたので、海外関連の勤務ができていることは非常にうれしいです。
1996年からは米国宝酒造に赴任し、西海岸のカリフォルニアに3年半、東海岸のニュージャージーに3年勤務しました。文化の異なる東海外・西海岸の両方でアメリカのカルチャーを体感できたことは大きかったですね。その経験は、今の欧州での勤務の土台として、大きな財産となっています。そして2003年から2年間、一旦日本で営業活動に従事した後、再び海外勤務となり、入社以来現在に至るまで、海外でのキャリアは25年以上にわたります。」
――そこから、英国に赴任するのですね?
「そうですね、2005年に英国に赴任しました。宝の海外酒類事業は、米国や中国を中心に展開していましたが、欧州はさらなる拡大を目指すタイミングでした。私の赴任当時は、グループ企業のスコットランドにあるトマーチン社内に英国駐在事務所を構えていました。英国での和酒のマーケティングをしながら、トマーチン社と国内をつなぐ仕事に従事していました。」

インバネスから25kmほど南下した人口500人ほどのトマーチン村に位置するトマーチン社と樽庫――欧州推進室を開設したきっかけとは?
「英国駐在事務所は1989年に開設され、2005年に赴任した私が7代目でした。当時はトマーチン社内のオフィスからロンドンにマーケティング活動するために足を運んでいましたが、より欧州での市場を拡大していくために2012年にロンドン事務所を開設し、これが欧州推進室としてのスタートとなりました。そして、欧州エリアにおいて宝製品のマーケティング活動をさらに本格化させていきました。」
ロンドンを拠点に和酒の認知拡大を使命に活動する「欧州推進室」
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――欧州推進室の取り組みについて教えて下さい
「英国、フランス、スペイン、ドイツ…など、宝グループの欧州における和酒のマーケティングや販売促進活動を担っています。具体的には、スーパーなどの販売店や日本食レストランをはじめとしたさまざまな飲食店で日本酒の魅力を伝えたり、イベントなどに参加して多くのお客様に宝製品の良さを知っていただいたりと、認知拡大に努めています。」
――欧州での活動における苦労は?
「大きく2つあります。一つは、欧州と一言で表現しても、それはもの凄く多様なこと。国ごとはもちろん、エリアや人種によって、価値観もカルチャーも異なります。そのため、一つひとつの成功事例を横展開させることがなかなかできません。それぞれの現地のパートナーと一緒になって、常にそのお客様ごとの特徴を把握して、日本酒の楽しさや味わいがきちんと伝わるようにしています。英国では、2013年にグループとなった日本食材卸会社『タザキフーズ社』と連携しながら、日本酒の啓発活動を続けています。」

タザキフーズ社へのプレゼンの様子――もう一つの苦労とは?
「これは欧州エリアの大きな特徴といえるのですが、飲酒に関するスタイルですね。欧米という言葉がありますが、欧州と米国ではまったく文化が異なります。飲酒文化に関して言いますと、米国では比較的新しいスタイルが受け入れられやすく、日本食レストランでは日本酒を飲まれる方を見かけますが、欧州は保守的な傾向もみられ、食中酒としてはワインがほとんどのため、日本酒はなかなか選ばれにくいのが実情です。
日本酒文化を認知・拡大させるのは、私も20年にわたって取り組んできていますが、まだまだこれからといった印象を持っています。」――日本酒文化の認知・拡大に手応えを感じることはありますか?
「四半世紀以上にわたって積み重ねてきたこともあって、日本食レストランでお楽しみいただいたり、大手スーパーなどに置いていただいて気軽に手にしていただく機会も当然増えてきています。」

アジア系スーパーでの日本酒の展開の様子――特に評価の高いブランドはありますか?
「保守的な傾向がみられる欧州でも、スパークリング日本酒『澪』は、本当にどなたに飲んでいただいても、美味しいと言っていただけます。日本酒という枠を越えて、スパークリング・SAKEの代名詞のような存在になってきていると思っています。そのままお楽しみいただくことはもちろん、カクテルの割り材としてのニーズも高まりを見せています。」

現地で「澪」の味わいを熱く語る様子
英国の飲食店でも人気となってきている「最近では、イベントでの反響も大きくなっています。2010年にロンドンでスタートした英国最大級の日本文化イベント『HYPER JAPAN』では、欧州でも人気の商品となっている『澪』を紹介する“MIOステーション”を出店し、3日間で4,000本以上を販売しました。日本文化に興味を持つコアファンのすそ野を広げ、手応えを感じています。」

「HYPER JAPAN」の「MIO」ステーション
変化を見せる飲酒スタイルに日本酒の選択肢を加えていく
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――現在の英国の飲酒に関するトレンドを教えて下さい
「先ほど、欧州と米国でのスタイルの違いや、欧州では食中にワインが選ばれることをお話ししました。そういった中でも、近年少しずつ変化が現れてきています。一般的には、食前にビール、カクテル、スピリッツ系が好まれ、食中には絶対にワインというスタイルが主流でしたが、若い方を中心に、食中にもワインではなく、カクテルなどをセレクトすることが増える傾向にあります。飲酒スタイルや価値観にも、多様化が見られるようになってきました。」
――英国や欧州における、現時点での日本酒文化の浸透・定着についてはどう感じていますか?
「飲酒カルチャーに多様性の傾向は出てきている今こそ、『松竹梅白壁蔵』や『澪』など、当社グループの技術力により生み出された日本酒をさらに広げていきたいですね。先ほども申し上げた通り、カクテルの割り材としても使われる『澪』は、これからのさらなる浸透・拡大に期待感を抱いています。
しかし今でも『日本酒の選び方が分からない…』『ショットのような小さなグラスで飲むので、ウォッカやテキーラのような高アルコールのスピリッツだと思った』など、敬遠されるケースもいまだに多く存在します。少しずつ選ばれるようになってはいるものの、まだまだこれからであると認識していますね。」――さらに認知・拡大するためにはどうすれば良いのですか?
「レストランや居酒屋などの飲食店、スーパーなどの小売店、そして各種イベントなど、継続して注力していくことだと考えています。一つの取り組みとして、レストランのスタッフ向けに日本酒の魅力や食事とのマリアージュをレクチャーするSAKEトレーニングを通して、お客様に実体験の場を提供しています。そういった一つひとつの活動を積み重ねていくことで、理解していただくと同時にファンを増やしていくことにつながると思います。」
――ワインやウイスキーを専門とする方々とのネットワークも強化しているそうですが?
「はい、欧州における伝統と歴史のあるワインやウイスキーに関わる方々にもアプローチし、日本酒の魅力をお伝えしています。2025年7月に、発表会を行い大反響だった『松竹梅白壁蔵「然土」』や、海外限定の『松竹梅「白壁蔵」<生酛純米>無濾過氷室貯蔵 2017』など、非常に高い評価をいただくことができています。
そういった洋酒を専門とする方にも、私たちが生みだすこだわり抜いた日本酒の魅力を知っていただくことは、認知拡大の上で、とても意義があることです。」
イベントで「然土」を来場者の方に説明
欧州だけでなく世界において、もっと手軽に宝製品を楽しんでいただく
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――長く海外に駐在して感じる宝グループの強みとは?
「当社グループは、お手頃なハウス・サケからプレミアムなSAKEまで、幅広いラインの日本酒を取り扱っていることに加え、『澪』のような新しいSAKEも展開しており、さまざまな可能性を持っていると思っています。
また、『然土』については、味わいだけではなく、専業農家と協力しながら、原料米におけるメタンガス排出を抑制するような取り組みも行っている点などは、日本以上にSDGsに関心の高い欧州で受け入れられる可能性を秘めていると思います。(「然土」の環境への取り組みはこちら)
さらに、焼酎や調味料、そして先日発売したジャパニーズ・ウイスキーなど、日本酒以外にも多彩な製品ラインアップがあり、それは本当に魅力であり強みです。しかも、そのどれもが技術に裏付けられた高い品質であり、世界のどの市場にも対応していくことができます。そういった多彩な製品とハイクオリティな点は、世界に誇れますね。」――欧州推進室のこれからのミッションとは?
「英国では、環境負荷の少ないイメージがあることから、缶入り飲料のニーズが高まっています。そのようなニーズをとらえ、タザキフーズ社と共同で、缶入りの日本酒『松竹梅SAKE CAN そら Junmai Sake』を2025年7月に新発売しました。京都の名水“伏水”で仕込み、パッケージに桜をあしらった海外専用商品です。こういったケースもこれから増やしていきたいと思っています。」

イベントで新商品の「松竹梅SAKE CAN そら Junmai Sake」や「澪」を紹介「また、繰り返しになりますが、日本酒は『難しい…』と未だ敬遠されてしまうことがあります。さまざまな場面で、気軽に宝の日本酒に手を伸ばしていただけるようにして行くことが、我々の使命です。『澪』や『然土』といった、欧州の人々の評価が高い製品などをきっかけに、欧州のみならず世界中において、もっといろんな味わいを楽しんでいただくべく取り組みを継続していきます。」

2013年の和食に続き、2024年に伝統的酒造りがユネスコ無形文化遺産登録を受けた。現在グローバルに人気となっている日本食に続き、和酒も世界に広がる可能性を秘めていると言えるだろう。
和酒を含めた日本食文化を広げていくのが宝グループの使命であり、欧州推進室の使命でもある。地道なマーケティング活動や、イベントへの参画、またさまざまな地域における販促活動など、伊東室長が牽引する欧州推進室の取り組みは、これからもさらに加速していく。
(2025年10月取材時点)