アメリカ「バークレー蔵」で伝統的酒造りと現地に根付く新しいSAKE文化を創出

2024/12/25

清酒生産量はトップ、全米のシェアは3割にのぼる

  •  2024年12月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されることとなった。杜氏や蔵人が麹菌を使い伝統的手法で造り上げる日本酒や焼酎などの酒造り文化が評価されたのだ。2013年に登録された「和食」と相まって、和酒への世界的な注目や評価が高まりそうだ。
     アメリカで日本食が広まるきっかけは、1950年代に多くの日系企業がアメリカに進出し、主要都市に日本人駐在員が多数滞在するようになったことだ。宝酒造は日本食と清酒の需要が急増すると見て、1951年から「松竹梅」の輸出を開始した。80年代に入ると寿司などの日本食が世界に広がり、アメリカに住む人々の間でも清酒への関心が高まった。これを好機として1983年にTAKARA SAKE USA INC.(以下、米国宝酒造)を、酒造りに適した環境を持つカリフォルニア州バークレーに設立、現地において「松竹梅」の製造・販売を開始した。アメリカにおける清酒生産拠点としてはフロンティア企業のひとつだ。



    米国宝酒造本社


     「このときに醸造し始めた『松竹梅クラシック純米酒』は今も当社の主力商品です。翌84年には『にごり酒』の販売を開始、その甘さが現地の人たちに受け入れられました。90年には当社がアメリカにおける清酒生産量でトップとなり、今も輸入酒と合わせて全米でのシェアは約3割を占め、第1位※1です」と米国宝酒造の蓮實薫社長は語る。
    ※1当社推計


    米国宝酒造 蓮實社長


     92年にはアメリカ初の吟醸酒を発売、現地の米、水を使いながら宝酒造が持つ日本の伝統的な製法で高品質な清酒を醸造し続け、2011年には“全米日本酒歓評会”で「松竹梅クラシック純米酒」が米国産清酒として初めて金賞を受賞した。“全米日本酒歓評会”は、2001年から開催されている日本国外で最も長い歴史を持つ品評会で日本政府管轄の酒類総合研究所の指導の下、審査を実施している。
     13年にはアメリカ産の酒米・山田錦で造った「松竹梅純米大吟醸」が金賞を受賞した。こちらも米国産の純米大吟醸酒として初めての快挙だ。
     こうした“トラディショナル※2”な清酒を開発・育成する一方で、アメリカならではの“イノベーティブ※3”な清酒の開発にも力を入れてきた。2006年には松竹梅の味わいをベースにしてリンゴやピーチ等の香りが楽しめるフレーバードSAKE「HANA」を発売。また、にごり酒をベースに苺や桃の香りが楽しめる「YUKI」も人気商品となっている。
     従来の日本酒の領域にとらわれない“イノベーティブ”な清酒を含めて米国宝酒造ではこれを「SAKE」と定義している。

    ※2 日本の酒税法上の規格に合わせたお酒
    ※3 従来の和酒の領域を拡張する革新的なお酒


    米国宝酒造の製造・販売商品

水と米と気候に恵まれたバークレーで40年以上酒造り

  •  米国宝酒造はサンフランシスコ近郊のバークレーに本社機能と製造拠点を置き、ロサンゼルス、ニューヨークなどに営業拠点を配置している。主要な取引先はディストリビューター(販売代理店)で、全米50州をカバーする。レストラン市場とリテール市場の売り上げ比率は6:4だ。現地で生産している商品はすでに述べたが、日本から輸入している商品は、清酒の松竹梅「白壁蔵」<生酛純米>、スパークリング日本酒「澪」、アメリカ限定の「澪」<CRISP>、焼酎、RTD※4などが主力。

    ※4 Ready to Drinkの略。缶入りチューハイなどそのまま飲むことができるアルコール飲料のこと

     米国宝酒造の強みであり、アメリカにおけるSAKE造りを支えてきたのがバークレーという土地柄である。シエラネバダ山脈の豊かな水を持ち、麓に広がるサクラメントバレーは原料となる米の栽培に適している。さらにサンフランシスコ湾からの風はSAKEの熟成にふさわしい安定した気温をもたらす。年間を通じて温暖な地中海性気候だ。


    シエラネバダ山脈


     「長年、バークレー産の清酒の品質を日本産と同じような味わいとレベルで提供していくことが重要だという意識が社員の中にありましたが、水と米と気候に恵まれたバークレーの強みを活かし、現地ならではの味わいを高い品質で提供するSAKE造りができるようになりました。カルローズ米で造った『REI』という純米大吟醸酒は国内事業を担う宝酒造のメンバーにも、おいしいと好評でした。」と蓮實社長はうれしそうに語る。


    (左)「REI」、(右)スパークリング日本酒「澪」


     バークレーで製造を行うことは、アメリカの人々に対してもバークレーの地酒であるというテロワール(もともとはワイン造りの土地や産地特性を指す)を訴求しやすく、ブランディングに有効であり、競合他社にはない大きな強みである。
     「バークレーで40年以上造り続けているというブランドストーリーはアメリカのメインストリームの人にとっても、非常に心に響くものだと思います。その強みをさらに打ち出すため、現在、蔵のリニューアルを進めており、“バークレー蔵(アメリカ・バークレーで醸す地酒蔵という意)”として、訴求していきたいと思っています」と蓮實社長。
     米国宝酒造には1997年に清酒資料館として「SAKE MUSEUM」が開設された。伝統的な清酒造りの道具や製造方法、酒器、アメリカにおける清酒の製造史などが展示され、日本の酒文化を紹介している。テイスティングルームもあり、現地の人々が数多く来場している。現在、工場の外観に酒造りの工程をバークレーらしい文化である壁画を用いて描いたり、テイスティングルームの改装やギフトショップも新設するリニューアルを進めており、SAKE造りを学びながら試飲もできるビジターセンターとして、さらなるファン作りを目指す。(2025年度オープン予定)


    SAKE MUSEUM


     「SAKEを日本の文化として、またトラディショナルな商品としてアメリカの現地の人にアピールしていくことはもちろんのこと、多種多様な価値観を持っている人々が暮らしているアメリカの地で、ニーズに合致するSAKEはどのようなものかを考え、生み出していくことにメーカーとして醍醐味を感じています。とは言え、SAKEはまだ現地の人にとってはニッチな存在なので、受け入れられる確信を持って商品を出すことは難しく、私たちの開発コンセプトやアイデアを示して、トライ&エラーで進めるしかありません。そのため、昨年から今年にかけて技術開発やマーケティングの人員を拡充、またテイスティングルームに来場して頂く方に、開発中の商品の味わいやネーミングなどのアンケート調査を強化しています」(蓮實社長)

米系マーケットがブルーオーシャン!

  •  北米マーケットと言っても一律ではなく日系、アジア系、米系と3つに大別され、それぞれレストラン市場と酒専門店、スーパー(グロッサリー)などのリテール市場に分かれる。
     「現在、インフレもあって日本食レストランの消費が落ち、もう少し客単価の安いアジア系レストランに一部需要が流れてはいますが、巻き寿司やハマチのカマ焼きを喜んで食べたり、現地の人が日本食レストランで松竹梅<にごり酒>(Nigori Silky Mild)を飲むなど、着実に日本食が浸透しています」と蓮實社長。
     日系ではレストラン市場もリテール市場にもSAKEが浸透し、豊富な品揃えで最大のボリュームゾーンとなっている。しかし、地酒等の競合商品も多く市場規模が限られるため、今後の飛躍的成長は望みにくい。日系ほどの品揃えはないが、アジア系も日本食材の人気は高く、成長が見込めるマーケットではあるが、韓国系や中国系の商材との競合が激化している。


    現地で日本酒を楽しむ人々


     一方、米系はリテールであれば、ビールやワインなどが多く品揃えされており、その中でSAKEの取り扱いは非常に少ない。100アイテムのワインがあるとすれば、極端な話、SAKEは棚の端にぽつんと1アイテム並んでいるような状況だ。
     「だからこそ拡大のポテンシャルが大きく、最大のチャンスがあるブルーオーシャンなマーケットと考えています。今後、ディストリビューターにSAKEや当社の理解を深めていくと共に、現地の消費者のニーズを捉えたSAKEの開発や商品ストーリーを伝えて広げていきたい」と蓮實社長は語る。

バーボン風味と高酸度のイノベーティブなSAKEを発売

  •  輸出を含めてアメリカにおける清酒市場は伸びているものの、現状で清酒のシェアは酒類全体の0.2%程度に過ぎない。北米においても日本食文化が広がっており、清酒市場の伸び代はまだまだ大きい。
     24年4月に着任した蓮實社長は「米系のマーケットは先ほど述べたようにブルーオーシャンで、今後商品開発を進め開拓するのが、私の米国に来た役目だと思っています」と語る。この米系マーケットを開拓するためのイノベーティブなSAKEとして戦略的に発売した新商品が「MU(ム)|WA(ワ)」と「オーシャンビュー」「スカイライン」である。


    左から、「MU(ム)|WA(ワ)」、Sho Chiku Bai「オーシャンビュー」・「スカイライン」


     「MU|WA」は米国産の純米酒をバーボン樽で貯蔵した新タイプのSAKEで、バーボンの香りと果実味が溶け込んだ味わいだ。肉料理やチーズ、シーフードなどと相性がいい。24年9月から出荷を開始、反響は非常にいいと言う。
     一方、「オーシャンビュー」と「スカイライン」は高酸度の純米酒だ。前者はクエン酸による爽やかな酸味が特徴で、牡蠣などシーフードと相性がよい。後者はコハク酸による深みとコクが持ち味で、肉料理との相性がよい。ボトルデザインもユニークで、壁画調の牛とペリカンのイラストが強烈な印象を残す。24年12月に出荷を開始した。
     「『MU|WA』はブランド価値を引き上げる役割で、高酸度酒はSAKEの領域を拡張する戦略商品」と語る蓮實社長は、日本から輸入している「澪」および「澪」<CRISP>の拡大も重点施策として掲げている。
     現在米国で、「澪」は、300ml・750mlの容量で展開しているが、今後、150mlの小型サイズも導入予定だ。また、2024年度はニューヨーク・メッツとスポンサー契約を締結、球場内レストランでの取り扱いに加えて、    「澪」のブランド広告、試飲イベントの実施、Instagramでのストーリー発信などを展開してきた。
     「メジャー球団であるメッツのスポンサーであることを通して、「澪」ブランドはもちろん、米国宝酒造が多くの現地の人々に認知され、ステイタスが上昇することに意義があります。結果、ディストリビューターとの商談がしやすくなり、米系マーケットを開拓する武器になっています」(蓮實社長)


    メッツのホーム球場シティ・フィールドでの澪の広告


     今後、米系マーケットに入り込むためには、バークレー発のイノベーティブなSAKEをテコに、SAKEファンを増やしていくことが必要だ。
     「トラディショナルな清酒に加えて、アメリカの多様な人々のニーズにマッチしたイノベーティブなSAKEを開発し、SAKEの領域自体を拡大していく自由な発想を大事にしたい。簡単なことではありませんが、グローバルなSAKEの開発と拡大、SAKE文化の浸透、そしてSAKEファンの拡大を当社が中心となって推進していく」と蓮實社長は力強く宣言した。