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  • 序 章 1842~1925
  • 第1章 1925~1945
  • 第2章 1945~1966
  • 第3章 1966~1993
  • 第4章 1993~2018
  • 宝グループのあゆみ

    第4章 企業成長基盤の構築 1993~2018(平成5~30)

    グループ経営体制の確立とバイオ・海外事業の拡大

    1.改革推進とグループ経営への移行

    1993年イメージ 1993
    第9代社長に大宮久が就任、改革を加速

    1993(平成5)年、第9代社長に大宮久(写真)が就任しました。この年、21世紀に向けた長期経営構想「TI-21」(Takara Innovation-21)を策定。長期的な安定利益を追求し、会社の繁栄、社員の幸福、自然や社会との調和を同時に達成し、21世紀型優良企業をめざす方針を明らかにしました。

    1993年イメージ 1993
    高付加価値商品で市場競争に挑む

    消費者嗜好の多様化が進むなか、付加価値の高い商品の開発も積極的に推進しました。清酒分野では焙炒製法による超淡麗辛口の新しい酒質を実現。また「松竹梅」の新たな顔に渡哲也(写真上)を迎え、慶祝贈答市場で確固たる地位を築きました。1993(平成5)年には、本格米焼酎「よかいち」(写真左)の発売で乙類焼酎市場へ本格参入。さらに、タカラcan チューハイ「デラックス」シリーズにより、スウィート系のチューハイ市場の創造に成功。特に1994(平成6)年に発売した初の果肉入りタカラcan チューハイ「デラックス」〈すりおろしりんご〉(写真右)は、その品質に加え、女優宮沢りえを起用したCMも話題を呼び、ヒット商品になりました。

    2000年イメージ 2000
    長期経営構想と企業理念の改定

    少子化による飲酒人口の減少、酒類小売業免許の規制緩和(距離基準や人口基準の廃止)など、事業の根幹に関わる状況変化を受け、2000(平成12)年、長期経営構想「TE-100」(Takara Evolution-100)を策定。経営目標に「企業価値の向上」を掲げ、「お客様の視点」「人間尊重の視点」「自然・社会との調和の視点」に立った経営の実践をめざしました。翌2001(平成13)年には企業理念を改定。「自然との調和を大切に、発酵やバイオの技術を通じて人間の健康的な暮らしと生き生きとした社会づくりに貢献します。」と内外に宣言しました。(写真は長期経営構想「TE-100」パンフレット)

    2002
    マザービジネスとバイオビジネスを分社

    2002(平成14)年4月1日、寳酒造(株)は宝ホールディングス(株)へと社名変更し、持株会社に移行。事業子会社として、酒類・食品・酒精のマザービジネスを担う宝酒造(株)、バイオビジネスを担うタカラバイオ(株)が発足しました。

    2.バイオ事業の拡大

    1993年イメージ 1993
    PCR 法でビジネスチャンスを掴む

    1990年代はバイオビジネスが大きく花開いた時代。1993(平成5)年、バイオ事業部門は全世界における広範囲のPCR 関連特許ライセンスを取得し、PCR 製品の自社製造に乗り出しました。1996(平成8)年にはLA-PCR法に関する特許権も取得。LA-PCRの新技術は、国内外のほとんどのバイオ研究試薬メーカーに特許の実施許諾を供与するほど市場で好評を博しました。(写真はLA-PCR技術に基づく製品「TaKaRa EX Taq™」)

    1995年イメージ 1993
    大連工場新設、海外市場へ

    遺伝子工学研究事業をコアビジネスへと成長させたバイオ事業部門は、1990(平成2)年、滋賀県草津市にバイオプロダクツ開発センターを新設。そして市場競争の本格化を見据え、1993(平成5)年、中国大連市に宝生物工程(大連)有限公司(写真)を設立し、日本からの製造移管を進め、高品質で安定した製品づくりを実現しました。さらに、研究用試薬の販売を担うタカラバイオメディカルヨーロッパ社(現タカラバイオヨーロッパ社)、宝韓バイオメディカル社(現タカラコリアバイオメディカル社)を設立。海外販売網の拡充にも注力しました。

    1996年イメージ 1996
    日本古来の食材の機能性に着目

    人々の健康志向が高まるなか、食材の機能性に着目した研究開発が進みます。1996(平成8)年、ガゴメコンブに含まれるU−フコイダンが、がん細胞の自殺(アポトーシス)を誘導することを発見。1998(平成10)年には寒天由来のアガロオリゴ糖が、がん抑制作用を持つことを発見しました。また、明日葉由来のカルコンが骨粗しょう症や糖尿病由来の末梢神経障害に効果が期待されることを発見し、鹿児島県屋久島などに生産拠点を設置。一方、キノコ栽培では日本で初めてホンシメジの大量生産に成功。その後、瑞穂農林(株)で大規模生産を開始したホンシメジは、2015(平成27)年に京都府から「京のブランド産品」に認定されました。(写真上は、ガゴメコンブ、下は大黒本しめじ)

    1997年イメージ 1997
    レトロネクチン®法で遺伝子医療分野へ

    1994(平成6)年、アメリカ・インディアナ大学から「フィブロネクチンには遺伝子導入効率を上げる働きがあるようだ」との情報を得て、翌年、同大学との共同研究を開始。フィブロネクチンが造血幹細胞への遺伝子導入効率を飛躍的に向上させることを発見しました。そして1997(平成9)年、遺伝子治療研究用試薬「レトロネクチン®」(写真)を全世界で発売しました。その後フランスの小児病院で先天性免疫不全症の遺伝子治療に用いられ、世界中の注目を集めました。

    2000年イメージ 2000
    ドラゴン・ジェノミクスの設立

    国内外でゲノム解析が進むなか、2000(平成12)年にはアジア最大規模の民間ゲノム解析センター、ドラゴン・ジェノミクス(株)(現タカラバイオ・バイオメディカルセンター)を三重県四日市市に設立し、解析受託サービスを開始。その後もDNA 合成や抗体作製などの基礎研究分野にとどまらず、日本で最多件数の遺伝子検査を行うまでになりました。(写真は設立当時のドラゴン・ジェノミクス社)

    2004
    タカラバイオ上場を果たす

    市場環境の著しい変化を踏まえ、分社化したタカラバイオは「遺伝子工学研究」「遺伝子医療」「医食品バイオ」の3つの事業分野に照準を合わせ、経営資源を集中する方針を明らかにします。2004(平成16)年には東京証券取引所マザーズ市場への上場を果たし、事業会社としての自立をより鮮明にしました。

    2004年イメージ 2004
    日米欧中の4拠点体制を構築

    グローバル競争が熾烈化するなか、2004(平成16)年、宝日医生物技術(北京)有限公司を設立。翌年、米国クロンテック社(現タカラバイオUSA社)をパートナーに迎え、遺伝子研究分野を強化しました。2011(平成23)年にはタカラバイオDSSインド社を設立し、インド市場への足掛かりを築き、さらに2014(平成26)年、スウェーデンの旧セラーティス社を迎えてタカラバイオヨーロッパAB 社を設立するなど、日米欧中の4研究開発拠点体制を構築しました。(写真上はクロンテック・ブランド製品、下はセラーティス・ブランド製品)

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