2018.03.27
銀閣寺にもほど近く、桜や紅葉の季節には大勢の観光客で賑わう左京区・哲学の道。
そんな賑やかなエリアから少し入ると、五山の送り火で有名な大文字山を背後に控えた、閑静で自然豊かな空間が広がります。
法然院の向かいにある「法然院森のセンター」は、そんな場所に位置しています。
ここでは京都東山の麓に広がるお寺の森をフィールドに、身近な自然の魅力を感じ、生きものたちの不思議を学び、森の豊かさを次世代へ伝えることを目的としている「フィールドソサイエティー」が活動を続けています。
2017年12月、紅葉のにぎわいも一段落したこの時期に、「フィールドソサイエティー」の活動拠点である「法然院森のセンター」を訪ねました。
お寺と市民、二人三脚で取り組む環境保全
「法然院森のセンター」は、周囲になじむ、山小屋風の建物です。中に入るとそこは、森で拾えたものや生き物を紹介する資料がところせましと並ぶギャラリーで、誰もが気軽に立ち寄れる場所になっています。
「フィールドソサイエティー」発足のきっかけは、1985年に法然院との共同で始まった「森の教室」という市民が集う活動です。
この日は、長年「お寺と市民の二人三脚」の活動を続けてこられた会の代表、久山喜久雄さんにお話を伺いました。

「私は若い頃から自然観察活動に取り組んでおり、法然院さんの森でも観察させてもらっていました。そのご縁から法然院の梶田住職と出会い、一緒に活動を始めることになったのです」と久山さん。梶田住職も「お寺は地域に開かれた共同体でなければならない」という信念を持っておられ、その考えにも強く突き動かされた、と話します。
「活動は、私たちと梶田さんの共通の想いと、“この自然を次の世代にもできるだけ残したい”という気持ちもあってスタートしました。でもここまで長く続けられたのは、歴史的にも地域との縁が深い、このお寺とともに活動できたからこそだと思っています」。
その後、1993年に、法然院の建物として「共生き堂・法然院森のセンター」が開館しました。
「森のセンターは誰もが気軽に入れる施設です。地下には寄付で集まったものに始まり、自然や生き物にまつわる本が、およそ2000冊も並ぶ図書コーナーがあります。この辺りは名所旧跡の多いエリアなので、地域の人だけでなく、観光で付近を訪れた方など、日々いろいろな方がセンターを訪れます」
法然院森のセンター
ギャラリーの様子
ギャラリー内の展示物
ゆったりとした地下の図書室コーナー
自然の魅力を伝え、森を見守る
フィールドソサイエティーの活動は「森の教室」のほか、季節ごとにテーマを設けて自然観察を行う「シリーズ自然観察」や里山を次世代に残したいという思いから始められた「森づくり」、多様な自然や暮らしに触れる「エコ・ツアー」など多岐に渡ります。そして、月例で子どもたちを対象にした「森の子クラブ」もあります。
活動の全般にわたって、プログラムは『親しむ・知る・行動する』を3本柱に組み立てられていて、講師には、活動に共感してくださったいろいろな分野の専門家の方が来られるそうです。
自然観察のプログラムでは、きのこ観察、野鳥観察、ムササビ観察など、どれも心惹かれるものばかり。季節ごとに充実した興味深いプログラムが実施されています。
そんな数あるプログラムの中でも、子どもたちに人気の一つが「きのこ染め」なのだとか。なにが子どもたちの心をつかむのでしょうか? 興味は尽きません。そこで次は、「きのこ染め」について詳しく伺いました。
子どもたちにも人気のプログラム「きのこ染め」
「きのこはなじみのある存在ですが、きのこで染めもの? という意外性もあって人気なのでしょう。この辺りの森できのこ染めに使えるものは、ニワタケ、ヒイロタケなどです。それらのきのこは、枯れた木や葉っぱなどを分解する役目を持っていて、生態系を語る上では欠かせない存在です。森がきれいで元気なのは、たくさん生えているきのこのおかげでもあるんだよ、と伝えながら染めを楽しむことで、きのこの新しい見方を知ってもらえるんです」。
フィールドソサイエティーでは、子どもたちが体験を通して学ぶことで、心までも豊かになれると考えていらっしゃるのですね。
「子どもたちが森の中に身を置くことには多面的な意味があると思っています。目的は物知りになることではありません。きのこをきっかけに土のこと、生態系のことにまで想像が広がることも、生き物に対する素朴な感情から、“自分も生きている”と自ら感じ取ってくれることもあるでしょう。そんな子どもたちを通して、大人が気づきを得ることも多いのです。そのため、私たちは大人も子どもも共に学ぶという意識から“環境教育”ではなく、“環境学習”と言っています」。
森に入って自然観察する際には、その日のテーマの大型絵本を持ち込んで、森の中で青空教室を開いて考え合うこともあるのだそうです。そして実際に観察することで、子どもたちの世界はどんどん広がります。
きのこ染体験の様子
野鳥観察会の様子
野外で大活躍! 大型絵本

活動に参加する子どもたちに、生物多様性や森の生態系を分かりやすく説明するため、さまざまな工夫を凝らしています。
例えば、紙芝居型の大型絵本。
これは森の中に入ったときに「大勢の人が遠くからも見やすいように」と作られたもの。
実はこの資料、タカラハーモニストファンドの助成金で作成されました。
「きれいなイラストは、かつて子ども時代に活動に参加してくれていた方が美術を専攻していて、その協力を得て描いたものです」。
この大型絵本は作成から十数年以上経った今も、大活躍しているそうです。
次の世代に森を残すため、大人たちが取り組んでいること

フィールドソサイエティーでは、活動の拠点となる森の手入れにも力を入れています。その「観察の森づくり」って、いったいどんなことを行うプログラムなのでしょうか。
「昔は薪や炭などの燃料を得るため山に人が入っていました。今はそれも必要なくなり、都市での生活と森があまりにもかけ離れてしまいました。人の手が入らなくなって、森は疲弊してしまっているように思います。私たちは観察などで森を使わせてもらうだけではなく、森を守り育てる立場であらねばなりません。整備して森に光が差し込むようにしたり、マツ枯れ、ナラ枯れの跡地に里山に自生する木を植樹するなど、森の応援団になった気持ちで取り組んでいます。範囲が広域にわたるので、他の団体ともノウハウを共有し、協力しながらやっています」。
森を守る活動を継続していくため、久山さんは「何より地域の人が関わっていくことが大切」という思いを持っています。「お寺の森として守られてきたという背景もあり、街から近い場所でありながら、ここには驚くほど豊かな自然が残っています。これは大変貴重な環境であるということを学び合いたいですね。そして自分たちの住んでいるところは自分たちで守るという意識で、地域の人にもどんどん活動に参加してもらえるのが理想です」。
オープンルームの様子
観察の森づくり
活動の一つひとつが人との繋がりを広げていく
1985年の発足以来、活動に関わるスタッフのほとんどはボランティアです。これほど長く続けてこられた理由は何なのでしょう。
「それは、スタッフのみなさんに無理のない範囲で自由に関わってもらえるよう配慮してきたことが大きいのかもしれません」。
活動を安全に実施するためのスタッフの確保には苦労もあるそうですが、「スタッフの中には、かつて森の子クラブのクラブ員だった方もいるんですよ」とも。それは本当にうれしいことですね。
また、フィールドソサイエティーの賛助会員は、活動の継続と、「法然院森のセンター」を訪れた人たちの口コミにもよって、北は北海道から南は沖縄、宮古島にまで広がっているのだそうです。
「無理なく、自由に」とはいってもセンターの維持・管理には責任が絶えずつきまといます。それでも多彩な人々との交流や、さまざまな分野の専門家との出会いが、活動の励みや持続力につながっているとのことでした。
自然と調和した暮らしへ
これだけ長く続いてきたフィールドソサイエティーの活動。今後は、どんなふうに森を守る活動を続けていこうとされているのでしょうか。
「まず、森に学ぶことを活動の基本とし、子どもたちをはじめ多くの方と活動を続けていきたいと思います。そして、森を守るための森づくり活動だけではなく、たとえば、各地に残る食文化の知恵などを学ぶことで、“自然と調和した暮らし方”を伝える役割も担っていきたいと考えています。それができれば、活動に参加しなくても、日々の暮らしの中で自然に親しむことができ、普段の暮らしが豊かな森を守っていくことに繋がっていくと思うのです」。
緑ゆたかな法然院の森
森で観察できるムササビ
観察したことを記録する、その意味と想いとは

少しでも多くの人に関心を持ってもらえるようにと、フィールドソサイエティーでは活動内容を、会誌「MURYOJU」(季刊)や「もりのこつうしん」(毎月・森の子クラブ員対象)などを発行して、記録に残しています。そこには活動で得たものを多くの人と共有したいという強い想いもありました。
久山さんには「森の教室」「ときめき自然散歩」「大文字山を歩こうー里山で自然観察」など、編著書も多数。「記録したものを見てもらって、少しでも多くの方に身近な自然に興味を持ってもらえたらいいですね。未来の人に、昔この辺りの自然がどんな様子だったのか、資料として残しておきたいという想いもあります」。
会誌のタイトル「MURYOJU」は、仏教用語の「無量寿」に因んだもの。そんなところにもさまざまな命がつながる自然環境を残したいという、法然院のご住職や久山さんたちの、祈りにも似た願いを垣間見たように思いました。