TaKaRaは1970(昭和45)年、滋賀県大津市に中央研究所を開設、新規事業開発をめざして担子菌などの研究を進めました。そして、同年、日本で初めてブナシメジの人工栽培に成功しました。
バイオ事業のスタートは1979(昭和54)年、国内で初めて制限酵素を発売して遺伝子工学研究分野に進出した時で、それまでの発酵による医薬品開発ではなく、バイオ技術を中心とする方針へ転換したことによります。1988(昭和63)年には、PCR法による遺伝子増幅システムの国内独占販売権を獲得し、「バイオのTaKaRa」の名を世に知らしめる第一歩となりました。
1995(平成7)年、遺伝子治療を目的とした高効率の遺伝子導入法(レトロネクチン法)を開発。1997(平成9)年、レトロネクチン法を用いた遺伝子治療の臨床研究が米国でスタートし、TaKaRaは遺伝子医療事業への進出を果たしました。
2002(平成14)年、分社化によってタカラバイオ(株)が誕生。寳酒造(株)のバイオ事業を引き継いだ同社は、事業の基本戦略を「DNA産業の創出」と規定。長年の実績を持つ「遺伝子工学研究分野」を基盤に、レトロネクチン法によりがんやエイズに対する体外遺伝子治療の商業化をめざす「遺伝子医療分野」、科学的根拠を明確にしたコンブ・キノコ・明日葉・寒天などに由来する医食品素材を活用した「医食品バイオ分野」の3分野で事業を推進しています。
2004(平成16)年、タカラバイオは東京証券取引所マザーズ市場に上場。株式公開により、将来への布石を打った同社は、バイオ技術を通して人々の暮らしに貢献するとの使命を胸に、前進を続けています。
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1970(昭和45) 滋賀県大津市に中央研究所を設立 |
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1973(昭和48) 長野経済連とブナシメジの人工栽培につき |
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1979(昭和54) 国産初の遺伝子工学研究用試薬「制限酵素」発売 |
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1987(昭和62) バイオ事業部門にプロジェクトチーム制導入、 |
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1988(昭和63) 米国パーキンエルマーシータス社と提携、 |
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1993(平成5) 中国大連市に宝生物工程(大連)有限公司設立 |
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1995(平成7) レトロネクチン法を開発 |
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1996(平成8) コンブに含まれるU-フコイダンががん細胞の |
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1997(平成9) 遺伝子治療研究用試薬「レトロネクチン®」発売 |
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1999(平成11) DNAチップの販売を開始 |
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2000(平成12) アジア最大規模の民間ゲノム解析センター、 |
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2001(平成13) 伊・モルメド社に「レトロネクチン®」をライセンス供与 |
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2002(平成14) 分社化によりタカラバイオ(株)誕生 |
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2003(平成15) 伊・モルメド社より、白血病などの造血器腫瘍を対象とする |
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2004(平成16) タカラバイオ(株)が東京証券取引所マザーズ市場に上場、 |
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2005(平成17) 米国べクトン・ディキンソン・アンド・カンパニー社(BD社)から |
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2006(平成18) キノコ事業において(株)雪国まいたけと業務提携契約を締結 |






































